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桑を這う蚕
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるようだ。そして人は誰でも何らかの物語を身体にもって生まれてくるという。日々のいとなみの中ですれ違う、夢ともまぼろしともつかぬ朧な体験というものは、どうやらはじめから体内にある物語の中に含まれているものらしい。意識と無意識、経験で得るものとすでに体内にあるもの、それらの交錯の中で遡行する刻の流れにあやつられ、長い間塵とともに埋もれていた記憶がふとよみがえる事がある。にわかに雲が切れて不意に月が覗くように、また森を覆う深い霧の中からひと足ごとに新たな立木が滲み出てくるように。すでに遠く忘れ去り、消え去った事柄を憶い起こす時、それは恐ろしいまでの謐けさと闇の匂いを残してゆく。大地の底をなめるように流れてゆく夜の霧が、雑草のひと葉ひと葉に密やかに漆黒の雫を産みつけてゆくように。追憶。それは薄暗い天井のかた隅で、息を殺してじっとこちらを窺っている古い染みのように、互いに溶け合い、そしり合い、そして沈黙し合いながら刻のはざまを彷徨いつづけるもの。かつて夜ごとの夢におののいた幼子の記憶。あたかも桑の樹をよじり枝を這い葉を食み続けていた蚕が、音もなく闇を漂う夜の触手に怯えながら不安な一夜を耐えるようなものなのだ。

































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