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  いろはCLUB
 
都心再発見!
reportage par A.Takano
23/3/2006
05年度最後の、と言っても2度目の、いろは撮り歩きは、寒風吹き荒ぶ中、暮も暮の12月11日に決行しました。カネ、金、kaneの虚栄の市の総本山森コンツェルンの象徴である六本木ヒルズビルに集合し、元麻布、麻布十番、三田1丁目、麻布台周辺の路地から路地をぐるぐると歩き回りました。両手を上げて降参スタイルの熊?さん付近に昼過ぎにいろはメンバー20名ほどが結集。簡単なオリエンの後、日々観光客の波が押し寄せる巨大ブレードランナービルを後にしましたが、いつもよりもバラけてしまい、麻布十番温泉前で恒例の記念写真を撮る段取りを取りましたが、当該エリアからどんどんはずれて広尾方面まで進出したグループがあったため、十番温泉前でのドキュメントはお見せ出来ません。十番といえば、昔は陸の孤島で交通の便がひどく悪く、知る人ぞ知る独特の“大使館、外車・・・といった異国の匂い”がありましたが、地下鉄が開通した現在、多くの観光客が訪れるようになり、街もこぎれいに整えたため、便利になったとはいえ、つまらない町になってしまったようです。それでも一の橋の通りを渡り、古川を越えた三田1丁目界隈に足を延ばすと、迷路のような細かな路地があり、震災や戦火を潜り抜けてきた町工場や民家が今でも数多く残っています。銭湯もまだまだ営業中です。

集合したヒルズ前。一連のIT騒動の一大発振基地です。そのヒルズを元麻布2丁目付近、スロバキア大使館そばからの「眺望」。ルーマニア、サンマリノ、オーストリア、カタール、パキスタン、アルゼンチン、マダガスカル、そして中国・・・大使館だらけの地区です。
台地の上は高級住宅地、低地は零細商工業。右のドアガラスの意匠が素晴らしいです。
普通の民家にまだ残っているのです。ヒルズにはありません。絶対に。               

十番温泉そばの暗闇坂のすぐ脇に奇妙な木戸(今はアルミ)があります。まるで人のお宅に「コンニチハ」とお邪魔するようですが、実際は反対側の通り(写真右端)とつながっています。意外に通行人の数は多い。なぜか開け放す人は少なく、きちんと開け、閉めて通行しています。近くのバブリーな教会で結婚式をしていましたが、なんとそのカップルが乗るべき純白のクルマの看板に大ミス発見。そうです、JUSTの次、MARRIEDでなく、MARREDと書いてあり、“I=愛”のない結婚だったのです。

大正時代には花街、演芸場、映画館、デパートが作られ、都内有数の盛り場でした。温泉は文字通り天然の温泉で1949年のオープン。地下500メートルから湧き出している真っ黒な湯はかなり熱い。で、なんとなくダイオキ・・・とか気になります。浪速屋という老舗の鯛焼き屋がそばにあり、頼んでも数時間を待たせて平気という高飛車さで有名ですが、はたしてそこの鯛が宮嶋康彦魚拓コレクションリストにあるかは定かではありません。

首都高目黒線の下が古川。陽の当たらない川。安藤忠雄設計のもう一つのヒルズで賑わう表参道に明治通りと並ぶように走る道がありますが、実は暗渠となった川で渋谷の246を越えた辺りで地上に顔を出します。畠山直哉の写真でご存知でしょう。恵比寿を通り、天現寺辺りから首都高速道路の下を、五の橋、四の橋、三の橋、二の橋、一の橋という順で流れてゆき、竹芝埠頭の先で東京湾に注いでいます。麻布の台地を回りこむように流れているわけです。
その三田小山地区は再開発のターゲットに。今でもこのトタン銭湯は健在。あまりに寒かったので体を温めたかったけれど、湯ざめがこわくてパス。小山湯
地下鉄日比谷線が通るはずだったのですが、銀座との対抗(皆が電車に乗って銀座に買い物に行ってしまうとの危惧)から反対運動が起き、長く陸の孤島に。今は東京メトロ南北線麻布十番駅まで数分もかからず。右端の写真は麻布台からアークヒルズへ抜ける小道。リリー・フランキーの「東京タワー」が見えます。・・・それはまるで、独楽の芯のようにきっちりと、ど真ん中に突き刺さっている。東京の中心に。日本の中心に。ボクらの憧れの中心に・・・

植木坂、狸穴坂、ねずみ坂、暗闇坂、一本松坂、けやき坂、仙台坂、鳥居坂、南部坂・・・坂、坂、坂。
ロバート・ホワイティングの『東京アンダーワールド』のモデルとなった、戦後の闇社会の帝王ニック・ザベッティの店、「ニコラス」は今でも健在。昔はただの大きめピザ屋でしたが、今は高級ムードのイタリアンに変貌。そこにはニックの姿はありませんでしたが、今回のいろはの反省会を開催。六本木でその昔デートしたり遊ぶ場所といえば、十番に向う途中にあったテニスコートでテニス遊びをし、後藤の花屋でお花を用意し、このニコラスで食事し、ケーキのクローバーでお茶する、ちょいと金があれば、ニコラスはやめて飯倉片町交差点そばのキャンティで芸能人を偸みみながら緊張してお食事、本当の本格志向ならアントニオ、墓地そばのボートハウスでバーボンで締め・・・無粋な高速道なんぞなかったのです。ともかく本当に空も地上も広々としていたエリアでした。今は裏に引っ込んでしまった香妃園の煮込みそばも忘れがたい。