series column 何でもシネマチック!
 
 
◆ series column 何でもシネマチック!#11
華道家・假屋崎省吾さんがこよなく愛する、
パフィオ・ペディラムの絵が印象的な、
横尾美美さんの作品を観に、個展に伺いました。
その後にブコウスキーの映画を観る、
芸術に浸った4時間。
ふたりの芸術家に御目文字できた、ハッピーな夜でした。
 
 
10日(月)の初日に、横尾美美さんの個展「Painting」へ、ワクワクしながら、出かけました。京橋の南天子画廊(住所〒104-0031東京都中央区京橋3-6-5 TEL03-3563-3511)で、10月6日(土)まで行われます。
この画廊はお父様の忠則さんがデビューした画廊なので、いよいよ美美さんも、画家として本格的に取り組まれるのだなぁという思いが伝わり、緊張して出かけましたが、ご本人は、そんな思いつめたご様子もなく、ヴィヴィアン・ウエストウッドのドレスがよくマッチして、あでやかで、いつもと変わらず優雅なたたずまいでいらっしゃいました。
入口の所に、御大がいらしたので、以前お世話になった件のお礼も含め、「おめでとうございます」とごあいさつをいたしました。
「はあ、娘の個展ですから、娘に言ってください」
と、お答えになられまして、確かにそうでした。が、お嬢様のお祝いを、父上に敬意を払って申し上げたつもりでしたが、失礼いたしました。
展覧会は、独特のペイント手法が際立った美美ワールド。中でも、パフィオ・ペディラムを描いた作品は、とても印象的でした。蘭の花の種類は、とても多いらしいですが、
華道家の假屋崎省吾さんが、こよなく愛する蘭ということでも知られる蘭が、この花なんです。美しいというより、なんだか人間みたいな姿に、とても惹きつけられます。
美美さんが描いたパフィオ・ペディラムは、ゴッホのひまわりを見た時に感じるものと同じ感激があり、インパクトがありました。
先日は、うちのオフィスの庭に咲く、時計草を差し上げたんですが、お花が咲いたら、描いて欲しいですね、ぜひ。どんな時計草になるのか興味津々です。
さて、その帰りがけに、銀座テアトルシネマ(TEL03-3535-6000)の前を通ったら、
「酔いどれ詩人になる前に」が上映中で、ちょうどこれから最後の上映回という時間でしたので、タッタと入って観ることに。
 
巴里映画配給「つめたく冷えた月」  

チャールズ・ブコウスキーの自伝の映画化ということで、彼の短編作品のいくつかが原作で、リュック・ベッソンがプロデュースした映画、「つめたく冷えた月」を94年に、
巴里映画が配給してますから、観ておかなくてはと思っていました。上映の直前に彼が亡くなったことをよく憶えています。
今回の作品は、マット・ディロンがブコウスキーを演じるというのも、興味津々。「ワイルド・シングス」以来、大人しくなってしまっていたので、どうしちゃったのか気になってました。
同じ劇場で、レイト・ショーでブコウスキーのドキュメンタリー作品を観ることが出来るのですが、これを観たら、マットが、いかに、ブコウスキー自身になりきろうとしているのがよくわかります。歩き方から、体型などとても意識してるんです。
相手役が、リリ・テイラーというのも気になりますね。私の大好きな女優さんなんです。個性が強い方なので、大蛇の出てくる映画に出演するようになってしまった、ジュリアン・サンズしかりの、「ホーンティング」というオカルト作品に出ていたのを最近テレビで観まして、胸を痛めていた私でしたので、この作品で本来の彼女に会えることを期待して、ワクワクでした。
「美形」や、「イケメン」という表現が主流となり,かすんでしまった、「いい男」、「いい女」の形容がハマル、ふたりの顔合わせ。「ご両人、待ってました」と言うカンジでしょうか。本人になりきっていたマットと、彼が惚れこんだテイラーは、いい味出してましたねー。
ただ、亡くなった後にグングン評価と人気が上がってきた作家ですから、今や彼の伝説は黄金色のわけ。これが、マットにはプレッシャーになっているのか、本人に成り切ろう、成り切ろうが、裏目に出ていた感も。むしろ風貌が、ヘミングウェイに超似ていて、観ながら、気がつくと、(これ違うよ、ヘミングウェイじゃない、ブコウスキーなんだってば)なんて、自分に言い聞かせておりました。
リリ・テイラーは彼女を観れるだけで、満足でしたが、うーん、過去ブコウスキーの作品の映画化で、「バーフライ」という傑作があり、ミッキーロークと、フェイ・ダナウェイが演じてたのを思い出してしまったら、ダナウェイの存在はデカイですよ、やはり。
その頃は、ブコウスキーのことは未だ日本においては、誰も知らないくらいの時代で、けれど、この映画が未だに私にとっての、心に残るフェバリットな一本に入ってますんでね・・・。
急にその頃、映画一本、一本の存在価値が感じられ、華やかなスターばかりだった
良き時代を思い出し、ちょっぴり、オセンチになってしまったタカノでございました。
けだし、ふたりの芸術家に触れることができた、ハッピーな夜でした。
乾杯!

南天子画廊
「酔いどれ詩人になる前に」
チャールズ・ブコウスキー

 

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