チャールズ・ブコウスキーの自伝の映画化ということで、彼の短編作品のいくつかが原作で、リュック・ベッソンがプロデュースした映画、「つめたく冷えた月」を94年に、 巴里映画が配給してますから、観ておかなくてはと思っていました。上映の直前に彼が亡くなったことをよく憶えています。 今回の作品は、マット・ディロンがブコウスキーを演じるというのも、興味津々。「ワイルド・シングス」以来、大人しくなってしまっていたので、どうしちゃったのか気になってました。 同じ劇場で、レイト・ショーでブコウスキーのドキュメンタリー作品を観ることが出来るのですが、これを観たら、マットが、いかに、ブコウスキー自身になりきろうとしているのがよくわかります。歩き方から、体型などとても意識してるんです。 相手役が、リリ・テイラーというのも気になりますね。私の大好きな女優さんなんです。個性が強い方なので、大蛇の出てくる映画に出演するようになってしまった、ジュリアン・サンズしかりの、「ホーンティング」というオカルト作品に出ていたのを最近テレビで観まして、胸を痛めていた私でしたので、この作品で本来の彼女に会えることを期待して、ワクワクでした。 「美形」や、「イケメン」という表現が主流となり,かすんでしまった、「いい男」、「いい女」の形容がハマル、ふたりの顔合わせ。「ご両人、待ってました」と言うカンジでしょうか。本人になりきっていたマットと、彼が惚れこんだテイラーは、いい味出してましたねー。 ただ、亡くなった後にグングン評価と人気が上がってきた作家ですから、今や彼の伝説は黄金色のわけ。これが、マットにはプレッシャーになっているのか、本人に成り切ろう、成り切ろうが、裏目に出ていた感も。むしろ風貌が、ヘミングウェイに超似ていて、観ながら、気がつくと、(これ違うよ、ヘミングウェイじゃない、ブコウスキーなんだってば)なんて、自分に言い聞かせておりました。 リリ・テイラーは彼女を観れるだけで、満足でしたが、うーん、過去ブコウスキーの作品の映画化で、「バーフライ」という傑作があり、ミッキーロークと、フェイ・ダナウェイが演じてたのを思い出してしまったら、ダナウェイの存在はデカイですよ、やはり。 その頃は、ブコウスキーのことは未だ日本においては、誰も知らないくらいの時代で、けれど、この映画が未だに私にとっての、心に残るフェバリットな一本に入ってますんでね・・・。 急にその頃、映画一本、一本の存在価値が感じられ、華やかなスターばかりだった 良き時代を思い出し、ちょっぴり、オセンチになってしまったタカノでございました。 けだし、ふたりの芸術家に触れることができた、ハッピーな夜でした。 乾杯! 南天子画廊 「酔いどれ詩人になる前に」 チャールズ・ブコウスキー
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